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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3716号 判決

原告 小田急電鉄株式会社

被告 株式会社中島商店

主文

被告が原告に対しその所有施設たる新宿駅構内において売店営業を行う権利を有しないことを確認する。

被告は原告に対し別紙〈省略〉目録(甲)記載の建物を明渡し同目録(乙)記載の物件を引渡し、且つ昭和三十年一月一日から右建物明渡済に至るまで一箇月金三万円、右物件引渡済に至るまで一箇月金一万円の各割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二項に限り原告において金十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一乃至第三項同旨の判決竝びに右第二項の請求部分につき仮執行の宣言を求めその請求の原因として、(一)、原告は昭和二十七年一月一日被告に対し原告所有施設たる新宿駅構内において同年十二月三十一日までに限り売店営業をなさしむべく約すると同時に該契約に基き右営業の場所を提供するため一時使用の目的を以て仮設建物たる別紙目録(甲)記載の原告所有建物を賃料一箇月金三万円、期間右契約存続中の約で賃貸しその後被告との合意により右営業に関する契約の存続期間を昭和二十九年十二月三十一日まで更新した。ところが右営業に関する契約従つて右賃貸借契約は存続期間の満了により右同日終了したのに被告はその後も引続き右建物を占有して営業を継続している。(二)、次に原告は昭和二十七年十二月三十日被告に対し前記新宿駅構内なる別添略図(甲)記載の場所において昭和二十八年十二月三十一日までに限り別紙目録(乙)記載の物件を使用せしめて売店営業をなさしむべく約し該契約に基き右物件の引渡を了しその後被告との合意により右契約の存続期間を昭和二十九年十二月三十一日まで更新した。ところが右契約は存続期間の満了により右同日終了したのに被告はその後も引続き右物件を占有して営業を継続している。(三)、よつて原告は被告が前記新宿駅構内において売店営業を行う権利を有しないことの確認を求めるとともに被告に対し契約の終了を理由に前記建物の明渡竝びに前記物件の引渡を求め且つその遅延賠償として契約終了の翌日たる昭和三十年一月一日から右建物明渡済に至るまで賃料相当額たる一箇月金三万円、右物件引渡済に至るまで右物件による営業の対価相当額たる一箇月金一万円の各割合による金員の支払を求めるものであると述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中被告が別紙目録(甲)記載の建物竝びに同目録(乙)記載の物件を占有して原告主張の新宿駅構内において売店営業をなしていることは認める。しかしながら右建物は中島照夫の所有であつて原告の所有でなく被告がこれを借受けた相手方は中島であつて原告ではない。すなわち中島照夫は被告会社の代表取締役であるが個人の資格を以て昭和二十年一月一日原告の前身たる東京急行電鉄株式会社から右新宿駅構内の土地を期間の定なく賃借しその地上に右建物を建築しこれを被告に貸与し被告はこれを使用して前記営業をなしているのである。もつとも被告が原告との間において原告主張(一)のような契約内容の記載がある書面の取交をなしたことはあるが右は右駅構内における一般の売店業者に対する擬態のため被告が右業者と同様の契約条件によつて売店営業をなしているもののように仮装したにすぎずかような契約を締結する真意に出たものではない。仮に右建物が原告の所有であり、原、被告間にその賃貸借が成立したとしても右契約には存続期間の定はなかつた。仮に原告主張のような期間の定があつたとしても右建物が仮設の建物でなく又屡々期間の更新がなされたこと竝びに原告が自ら借家法の適用があることを承認しこれを前提とした記載内容の書面を以て建物明渡の催告をなしたこと等の事実に徴するば右賃貸借は必ずしも一時使用のために設定されたことが明らかな場合に該当するものとは謂い得ない。もつとも右賃貸借の契約書には「一時的な賃貸借」なる文言があるけれども契約書の記載だけでこの点の判断をなすことは許されないのである。従つて正当事由に基き適法期間内に更新拒絶の通告がなされない限り右賃貸借契約は終了しない。次に前記ボツクス、カウンター等の物件は被告の所有であつて原告の所有ではなくこれにつき原、被告間に貸借の契約が成立したことはない。原、被告間には場屋の一部の賃貸借が存するにすぎない。すなわち中島照夫は昭和二十一年一月一日売店営業に使用する目的で原告の前身たる東京急行電鉄株式会社から前記新宿駅構内なる別添略図(乙)記載の場所(ホームの一部)を転貸竝びに賃借権の譲渡を認める特約のもとに期間の定なく賃借し被告はその後右中島から右賃貸借上の権利の譲渡を受け右場所竝びに被告所有の前記物件を使用して前記営業をしているのである。もつとも被告が原告との間において原告主張(二)のような契約内容の記載がある書面の取交をなしたことはあるが右は右駅構内における一般の売店業者に対する擬態のため前同様の仮装をなしたに止まりかような契約を締結する真意に基くものではない。しかして仮に右賃貸借契約につき原告主張のような存続期間の定があつたとしても正当事由に基き適法期間内に更新拒絶の通告がなされない限り右賃貸借契約は終了しない。以上の次第であるから被告が原告から前記建物竝びに前記場屋の一部において営業を継続することにつき容喙を受け又右建物の明渡竝びに前記物件の引渡の請求を受ける筋合はないと述べた。〈立証省略〉

理由

被告が別紙目録(甲)記載の建物竝びに同目録(乙)記載の物件(ボツクス、カウンター)を占有して原告所有施設たる新宿駅構内において売店営業をなしていることは当事者間に争がない。

しかして成立に争のない甲第一号証、同第二号証(契約書)、証人山口満雄の証言によれば原告はその経営する電車運輸事業上乗降客に対するサービスの一環として右新宿駅構内に売店を設置する目的のもとに昭和二十七年一月一日附を以て被告との間において被告に原告所有の右建物を貸与し左の条件で右駅構内における売店営業をなさしめる旨の契約をなしたこと、すなわち右契約条件の大綱は(1) 、建物の賃料を一箇月金三万円毎月十日払とし右新宿駅長をその受取人とする。(2) 、売店営業の種別竝びに販売の品目は別途に協定する。(3) 、契約の存続期間を同年十二月三十一日までとする。(4) 、本契約に基く営業に関する権利を第三者に譲渡又は賃貸することは許さない。(5) 、原告は自己の都合により営業の承認を取消す必要があるとき、被告が契約違反もしくは不都合な行為をなし又は営業を廃止したときは契約を解除することができる。(6) 、被告は約定にない事項については前記駅長の指示に従うものとすると謂うのであること、その後原、被告は合意により右契約の存続期間を二回にわたり更新し結局昭和二十九年十二月三十一日まで延長したことが認められる。被告は右建物は中島照夫の所有であつて被告は右中島からこれを借受けているものである。すなわち被告会社の代表取締役たる右中島は個人の資格を以て原告から新宿駅構内の土地を賃借しその地上に右建物を建築所有してこれを被告に貸与し被告は右建物を使用して前記営業をなしているものであつて甲第二号証の契約書は右駅構内における一般の売店営業者に対する擬態のため被告が右業者と同様の契約条件によつて右営業をなしているもののように仮装したにすぎずこれによつて契約を締結する真意はなかつたものである旨を主張するが前記認定を覆して被告の右主張を肯認すべき証拠資料は全く存しない。

そこで右認定の事実に基いて考えると

右契約は単に原告が被告に建物を使用せしめ対価を取得することのみを本旨とした、換言すれば右建物の使用による営業については全く契約以外の関係として被告の自由に委せた通常の賃貸借ではなく被告のために建物の賃借権を設定すると同時に駅構内における特定の場所において特定の営業をなす権利を設定し該営業を以て原告の企業自体に役立てることを目的としこれがため被告の営業の内容、方法、期間等を規整したものであることが窺われるから営業に関する権利と建物使用の権利とは不可分の関係におかれた一種特別のものであつて両者は相互に制約を受けその存続についても運命を共にすべきものと解される。従つてかゝる場合において営業に関する契約部分が期間の満了又は契約の解除によつて終了した後建物の賃貸借の契約部分のみを借家法の強力な保護のもとになお継続せしめるのは妥当ではない。

のみならず本件契約においてその存続期間を昭和二十七年十二月三十一日までと定め契約締結の日から算し一箇年の短期間に限定したことは前記認定のとおりであるが右約定は建物賃貸借の契約部分の期間たるとともに営業に関する契約部分の期間である以上被告は期間満了の後においては原告の承諾がない限り営業に関する契約の継続を主張し得るものではない。そうしてみると右建物賃貸借の契約部分は右営業に関する契約部分の存続する短期間内に限り存続せしむべき相当の理由があることが明らかである。すなわち本件建物の賃貸借は借家法第八条に謂う「一時使用ノ為建物ノ賃貸借ヲ為シタルコト明ナル場合」に該当し同法の適用が排除されるものと謂わなければならない。もつとも被告は本件建物は仮設建物でなく又期間の更新が屡々なされたこと竝びに原告が自ら借家法の適用があることを承認しこれを前提とした記載内容の書面を以て建物明渡の催告をなしたこと等の事実に徴すれば本件建物の賃貸借は必ずしも一時使用のためになされたことが明らかな場合に該当するものとは謂い得ない旨を主張し右主張は前記認定と全く相反する。しかしながら右建物が仮設の建物であるか否かは右建物賃貸借の目的動機となつたものではないから少しも前記認定の妨となるものではない。又原、被告が合意により前記契約の存続期間を二回にわたり更新し結局昭和二十九年十二月三十一日まで延長したことは前記認定のとおりであるが右は自動的に期間の更新がなされたものではなく契約更新の合意がなされたのであるから建物賃貸借について存した一時使用の目的は右合意の都度保有され依然失われることがなかつたものと考えてもさして不合理があるわけではない。従つて契約更新の事実があつても前記認定と矛盾するものとは考えられない。なお成立に争のない甲第四乃至第六号証の各一、二によれば原告は昭和二十九年十一月二十七日、同月二十九日、同年十二月二十四日被告に対し内容証明郵便を以て契約の更新を拒絶するとともに期間満了と同時に本件建物を明渡すべき旨の通告をなしたことが認められるが右書面の記載はいまだ原告が本件賃貸借につき借家法の適用を是認した趣旨には解し難いしその他この点の被告主張を肯認するに足る証拠はない。要するに被告の右主張はすべて理由がないのである。

それならば右契約は期間の満了により昭和二十九年十二月三十一日限り終了し従つて被告は右建物において売店営業をなす権利を喪失するとともに原告に対し右建物を明渡す義務を負担し右義務の履行遅滞により賃料相当額たる一箇月金三万円の割合による損害を蒙らしめているものと謂わなければならない。

次に成立に争のない甲第三号証(契約書)、証人山口満雄の証言によれば原告は前同様乗降客に対するサービスのため前記新宿駅構内に立売々店を設置する目的のもとに昭和二十七年十二月三十日附を以て被告との間において被告に原告所有の前記ボツクス、カウンター等の物件を貸与して右駅構内なるホームの一部を営業の場所として提供し左の条件で売店営業をなさしめる旨の契約をなしたことすなわち右契約の大綱は(1) 、営業料を一箇月金一万円毎月二十五日払とし右新宿駅長をその受取人とする。(2) 、売店営業の販売品目は別途に協定する。(3) 、契約の存続期間を昭和二十八年十二月三十一日までとする。(4) 、本契約に基く営業に関する権利を第三者に譲渡又は賃貸することは許さない。(5) 、原告は自己の都合により営業の場所を変更し又は営業の承認を取消す必要があるとき、被告が営業料の支払を怠る等遺憾な行為をなし又は本契約後三十日以内に販売品目を取揃えずもしくは一年以内に営業を廃止したときは契約を解除することができる。(6) 、被告は約定にない事項については前記駅長の指示に従うものとすると謂うのであること、その後原、被告の合意により右契約の存続期間を昭和二十九年十二月三十一日まで更新したことが認められる。被告は右物件は被告の所有であつて原、被告間には場屋の一部の賃貸借が存するに止まり右物件の貸借はない、すなわち前記中島照夫は売店営業に使用するため原告から新宿駅構内のホームの一部を転貸竝びに賃借権の譲渡を認める特約のもとに賃借し被告は右中島から右賃貸借上の権利の譲渡を受け右場所竝びに被告所有の前記物件を使用して前記営業をなしているのであつて甲第三号証の契約書は一般売店業者に対する擬態のため前同様の仮装をなしたにすぎずこれによつて契約を締結する真意はなかつたものである旨主張するが前記認定を覆して被告の右主張を肯認する証拠はない。

そこで右認定の事実から考えてみると

原告は被告の営業の場所の変更すなわち前記ボツクス、カウンター等の置場の変更をなす権利を保留し新宿駅長を介してその権利を行使することができ場合によつては右物件を撤去する必要上契約を解除することもできることが窺われるから被告は右契約により新宿駅構内ホームの特定の場所すなわち原告所有の場屋の一部に対する占有権を有せず従つて営業料なる名目の対価は場所使用の対価と謂うよりむしろ場所的利益等を含む営業による利益の対価に類するものと考えられ又営業についても被告は協定による販売の品目を絶えず取揃えて置く義務がありこれを怠るときは契約解除の事由にもなり得ること、すなわち被告の営業に対する原告の干渉権が存することが認められる。従つて右契約は場屋の賃貸借に該当するものではなくボツクス、カウンター等の使用貸借契約、物品の委託販売類似の無名契約等を混合した一種特別の契約であると解するのが相当である。そうしてみると右契約については被告主張のように借家法を適用する余地は全くない。

それならば右契約は期間の満了により昭和二十九年十二月三十一日限り終了し従つて被告は右物件を使用して新宿駅構内における売店営業をなす権利を喪うとともに原告に対し右物件を引渡す義務を負担し右義務の履行遅延により右営業の対価相当額たる一箇月金一万円の割合による損害を蒙らしめているものと謂わなければならない。

よつて被告が前記新宿駅構内において売店営業を行う権利を有しないことの確認を求めるとともに被告に対し契約の終了を理由に前記建物の明渡竝びに前記物件の引渡を求め且つその遅延賠償として契約終了の日の翌日たる昭和三十年一月一日から右建物明渡済に至るまで一箇月金三万円、右物件引渡に至るまで一箇月金一万円の各割合による前記金員の支払を求める原告の本訴請求はすべて正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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